PROJECT

宝のお仕事自慢

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#05

自然農園 もと屋

田畑に囲まれた上田出の集落で、
おとなふたり、子どもふたり、
ニワトリとおばあちゃん猫と暮らす、元屋さん一家。

植えたいものを植えてみて、
その地にあわないものは、やめる。
自分たちの手で作れるを作ってみて、
できたものを、できたぶんだけ売る。

自分たちに馴染むかたちで自然と寄り添い、日々を暮らす。
その暮らしすべてが、農園もと屋さんの「お仕事」なのです。

のびのびと育った、しあわせな食べものは、
それを食べた人もまた、しあわせにする。
そんなことを感じさせてくれるご夫婦のお話は、
のーんびり、ニワトリ小屋の傍らではじまります。

スーツから作業着へ、キーボードからスパナとレンチへ

―― (こっころろろろ)ニワトリの鳴き声がなんとも、のどかですねえ。

和則さん:最近ではニワトリを飼ってるのも、うちくらいですからね。通りがかったおじいちゃんたちは懐かしがって「昔は、みーんな、鶏飼っとったわ」って、言いますよ。


―― お家も立派ですよね。

和則さん:空き家バンクで紹介いただいた家です。家賃3万円で出てたんだけど、買った方が安いから、借りずにすぐ買いました。

僕は、親がこの町に住んでいるので宝達志水町に住んでいますけど、金沢生まれ、羽咋市育ちなんですよ。大学でまた金沢に出て、卒業後は東京の産業機械メーカーに就職しました。


―― 農業とはずいぶん畑の違う仕事に就いてたんですね。

和則さん:そうですね。会社員時代は省エネに関係する仕事をしていて、やりがいもありましたよ。でも、国の法整備や補助金がないと、どんなにいい機械や技術だとしても広まらないところに、もどかしさを感じてたんです。例えば、この機械を導入すれば3、4割の省エネが実現できるのに、コスト優先の視点になると導入されないとか。億単位で動く事業なので、自分の力ではどうしようもなくて、もどかしかったですね。そんな頃、アメリカ同時多発テロ事件が起こったこともあって、なるべく利権に絡まない仕事に就きたいなと考えはじめたんです。「食」に興味を持ち出していたこともあったし、環境に良く、永続的で、かつ、自分一人でできる仕事をしたい、それって農業だよね、と考えるに至りました。

そこから会社を辞めて、自然農法センター※で1年間勉強して、2006年に石川県に戻ってきました。最初は、となりの津幡町の山奥で、完全自給自足生活をめざしていたんですけど、2011年に宝達志水町に移住して、農家をはじめました。津幡町には祖父の代から農地を持っているので、今もほぼ毎日、そこに通ってます。



※「公益財団法人 自然農法国際研究開発センター」。食料の安全性の確保、生産の省エネルギー化・低コスト化、資源の有効利用及び農山村の活性化の観点に立ち、地域の実情に応じ、地域の自然の生態系を利用した自然農法の研究開発と、国内外における普及を図っている。

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―― サラリーマンから自給自足の生活とは、極端ですね、また。

和則さん:僕、けっこう頑固なんです。山奥に引っ越してきた当初は、電気も通したくない、塩さえあれば生きていけるっていう生活をめざしてましたよ(笑)。

妻とは、茨城にある彼女の実家の養鶏場へ見学に行ったのがきっかけで出会って、農業をする前提で付き合いはじめたので理解してくれてますけど、サラリーマン時代に付き合った人だったら、即、離婚ですよね(笑)。


由香さん:この人、会社員の頃は「ザ・サラリーマン」って感じで、白くてきれいな手をしてたんですよ。なあんにもしたことないって感じだったよね。


和則さん:スパナとレンチの違いもわからないという。


―― 意外ですね(笑)。サラリーマンを辞めたこと後悔したことはないですか?

和則さん:お金がなかなか稼げないので苦労はしましたけど、後悔してる暇はなかったですね。もうね、やることだらけなんですよ。今もやることリスト作ってるんですけど、増える一方で、全然減っていかない(笑)。


―― 百の仕事があって百姓ですもんね。
今も、自給自足ではないですが、自然栽培という、こだわりの農業をしていらっしゃいますが。

和則さん:無農薬・無肥料の自然栽培で、お米と果樹を育てて販売しています。果樹は、りんご、梨、柿、すもも、いちじく、みかん、桃、ブルーベリー、栗、梅、キウイ、ぶどうなどを育てています。

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カタログは夢の本

―― いろんな品種にチャレンジなさっているんですね。

和則さん:果樹はまだまだ種類も本数も増やしたいと思ってます。四季折々の果物が収穫できるようにしたいんです。


―― さかもと葡萄園さんも、いつもカタログを見ながら、次に植える品種を考えてるっておっしゃってました。

由香さん:あなたも、だーい好きよねえ。苗木のカタログ(笑)。


和則さん:・・・なにを、また、そんな遊んでるみたいな言い方して!!仕事をやってるんだよ、俺は・・・
もう。いつも、外にいないと、「遊んでる」みたいに思われるんですよ。


由香さん:あらあら、そんなこと一言も言ってないですよ。


―― 目が語っているっていうことですね(笑)。えっと、遊んでいない・・・ではなく、外にいるときはどんなお仕事を?

和則さん:最近は、だいたいイノシシ対策の仕事と、栽培の比率が半々です。今、山の状態がひどいんです。水はけが悪いところが多いので、排水の改善のための溝が必要なんですけど、溝を掘るとだいたいイノシシがそれを埋めていく。イノシシは水場が好きだから。パイプを埋設して溝を埋められないようにするしかないんです。今、そのためにユンボ買おうか迷ってるところ(笑)。

自然栽培だから、自然との関係性を保つのが大変ですよね。いろいろなところに農地があるから適地適作するんだけど、自然のままだからこそ、どこに何を植えるか、見極めるのが難しいし。


―― 元屋さんをそこまでさせしめちゃう農業の魅力ってなにですか。

和則さん:特に自然栽培の場合ですが、無肥料・無農薬なので、種や苗さえあれば何もいらない。そのシンプルさが魅力ですね。


―― これからの展望ってありますか?

和則さん:これからはもっと仲間を増やしたいと思っています。農業で生活していける仲間が増えてほしいし、そういう人をできる限りサポートしたいなと。「農園もと屋」でも、あと2、3年後には農地が増やせると思うので、研修生を一人くらい入れたいなと考えています。人が一人増えれば、1+1は2以上になって、楽しくなるかなって。

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―― 加工品づくりは奥さんが担当してらっしゃるんですよね。

由香さん:そうです。うちで採れた食材で、玄米珈琲や、クッキー、マフィン、玄米もち、梅干し、野草茶などを作っています。お米や果物は直接販売が主ですが、加工品は羽咋の道の駅にも置いてあります。どうぞ、召し上がって下さい。


―― 玄米コーヒーは玄米の芳ばしさが香りますし、お菓子は素朴な甘みがたまらないですね。

由香さん:ありがとうございます。もともと息子にアレルギーがあったからお菓子を作りはじめたんですが、卵や乳製品がなくてもお菓子が出来るんだというのは、私にとって新しい発見でしたね。

お菓子にはてんさい糖を使ってますが、ノンシュガーの甘酒で作ったものがあります。
黒いもち米で甘酒をつくると、チョコレートみたいな味になるんですよ。ただ、麹作りからはじめるので、なかなか手間がかかってしまって。

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玄米珈琲、みかんブラウニー、キウイマフィン、梅ジャムマフィン

農家元屋家の暮らし

―― 麹づくりからとは(笑)。そんな生活って憧れますが、忙しさを言い訳にして、なかなか手を付けられない・・・

和則さん:僕もサラリーマン時代、忙しいながらに有機野菜を通販して料理したりしたけど、大変ですよね。忙しいのに、帰ってきて料理して、腹が減ってるのに夜遅くなっちゃって、作って食べても、片付けるのもめんどくさいってなって。やっぱり生き方をリセットしないとできない暮らしかもしれないですね。


―― 緩やかにシフトってなかなか難しいんですよね。ところで奥さんは、縁もゆかりもないところで生活することになったわけですが、どうですか?

由香さん:とっても暮らしやすいと思ってます。越したなりの頃は、ご近所さんも塀越しに「どんな人たちが来たんだろう」って探っている感じでしたが(笑)、すぐにいろんな集まりに「おいでおいで」って呼んでくれて。子どもたちもちょうど同年代の子どもたちがいるし、良いところに来れたなって実感しています。あえて言うなら、ちょっと冬が長いくらい(笑)。それ以外は言うことないですね。食べ物もおいしいし、今まで食べてたお魚ってなんだったんだろうって思います。


―― まったく後悔してないですか?

由香さん:うーん、たまに、この人を茨城に引き留めておけばよかったなと思うことは無きにしもあらずですね(笑)。父親が平飼いの養鶏場を経営しているんですけど、実家を継ぐ人がいないので、茨城で暮らすという選択もあったかなと考えたりします。でも、後悔ではないですね。


和則さん:うちの息子は鶏が好きなので、茨城の養鶏を継いだらどうかな、とこっそり思ってるんですけどね。


由香さん:そうは言っても、なんとなく農業の道に導いてるよね。


和則さん:そうかもね。僕、夕食の時間は、自然の食べ物がどれだけ良いか、刷り込むようなことをずっとしゃべり続けてるんで。CMが流れてても、「添加物がああだこうだ、原料がああだこうだ」って(笑)。

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玄関先で元気に暮らすニワトリたち。毎朝、卵を産む

知っているようで知らないわたしたちの食べているもの

―― 改めてなのですが、自然栽培と普通の栽培方法でつくったものってなにが違うんでしょう。

和則さん:まず、農薬にも殺虫剤と殺菌剤がありますが、どちらもケアしない分、病気や虫の被害にあうリスクは高まります。例えば梨だったら、殺虫剤を撒く代わりに袋かけをしますが、袋かけをしなければ99%、実の中に虫が入ります。だから、育てるのには手間がかかります。

無肥料・無農薬と、そうでないもの、できたものがどう違うか、わかりやすい例がこれです。

以前、うちで育てた梨と、スーパーの梨を同じ状態で2週間置いておいたらどうなるかっていう実験をしたんですが…左がうちの梨、右がスーパーで買った梨、奥は、2年間置いたうちの梨ですね。

元屋さん梨

左)農園もと屋の無肥料無農薬の梨。右)スーパーで買ってきた梨です。後ろで干からびているのは、2年前に収穫した農園もと屋の梨

―― ぎゃっ!!全く違いますね。

和則さん:比較するとはっきりわかります。スーパーで買った梨は、あともう1日置いておくとコバエがたったから、捨てました。うちのはコバエもたたないですね。不思議ですけどね。


―― 奥のミイラ状態の梨、なんだか現代アートみたいになっていますけど、これでもしっかりヘタが残っているし、コバエもたってないってことなんですね。

和則さん:梨も、いろんな菌がいることで均衡を保っているのですが、殺菌剤を撒けば、良い菌も悪い菌もなくなってしまいます。しばらくしたら、最初に腐敗菌がつく。常に殺菌しないと維持できない状態になる。肥料などの余分な養分が、腐敗菌をよんでしまうというのも腐りやすい原因の一つでしょうね。つまり、美味しいと思って食べていても、体は喜んでいないかもしれないんですよね。

宝があるとするならば

―― さて最後になりますが、恒例の質問を。元屋さんにとって、「宝」ってなんでしょう。

和則さん:宝かあ。うーん難しい質問ですね。自然と言うとありきたりなんだけど・・・

農業をやっていると、人間が自然を壊しすぎていると強く感じるんです。本当に豊かな状態の農地ってあんまりない。自分の田んぼの周りとかもみんなU字溝が入っていて、そうすると周辺の水はけがわるくなっちゃって、結果、イノシシが大好きな土壌が出来上がり、イノシシがそこを荒らすので、イノシシ対策に手間をとられてっていう。さらに、イノシシがU字溝を泥で埋めてしまうので、溝さらいも大変です。


―― 人間のためだけを考えて効率化した結果ひずみが生まれるんですよね。

和則さん:山に杉を植林したこともそうですよね。山の保水力がなくなって。大雨であふれて土砂災害が増える。護岸整備にも同じことが言える。そういう意味では、僕は、人間の手で壊されていない本来の自然の姿こそが「宝」だと思います。
肥料・農薬を使用しない自然栽培なら、田畑とその周辺の環境を改善していけるし、よりよい環境、多様な生き物たちを次世代につなげていける。それが、自然栽培を続ける上でもモチベーションにもなっていますね。


―― 本来の姿の自然という宝に恵みをもらい、その宝を次につなげていく、そんなお仕事なんですね。

和則さん:そうかもしれないですね。・・・それにしてもさ、今のくだり、珍しくめちゃまとまったよね?俺にしては。酒ものんでないのに。

由香さん:そうねえ・・・

和則さん:俺、今、自分で感動しちゃった。

由香さん:まあ、みんなは感動しているかわかりませんけどねえ(笑)。



(取材:安江雪菜 撮影:下家康弘 編集:鶴沢木綿子)

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