PROJECT

宝のお仕事自慢

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#14

里山カフェ そらいろのたね

宝達山のすぐ麓、木々に抱かれるように位置する宝達集落。
そのまんなかにあるのが、「里山カフェ そらいろのたね」です。

かつて集落で唯一の雑貨店だったその建物は、
招かれるように移り住んだ青江さんご夫婦の手によってカフェとして
生まれ変わりました。

薪ストーブが温める空間で手づくりのお菓子やドリンクをいただきながら、ぼんやり窓の向こうを眺める。
毛並みの良い猫たちが、たくましく食事をしたり心地好さそうに眠っている。

たとえあたりが曇天でも、カフェのまわりを流れる空気がすっきりしているのは、
単にそこが田舎でのどかだからというだけではなく、
お店を切り盛りするお二人に、よどみのない雰囲気が漂っているからかもしれません。

「集落のまんなかだからかな」と左知子さんが朗らかに笑うように
ここは、人も動物も不思議とあつまる空間。

そう、まるで、絵本「そらいろのたね」に登場する、
「そらいろのおうち」そのもののように。

この場所に、招かれた感じ。

ーー お二人について教えてください。

静男さん:僕は名古屋生まれで、小学校から高校までを富山県で過ごしました。仕事の関係で金沢に移り住んだのが15年前です。当時も今も、業務用の厨房機器の営業・設計の仕事をしています。

左知子さん: 私も名古屋出身で、20年くらい前に金沢に引っ越してきました。彼(静男さん)とは金沢で知り合いました。娘が二人いて、それぞれ金沢と富山で暮らしています。 宝達志水町に夫婦で越してきたのは、今から2年半前(2016年)頃ですね。

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左知子さんと、静男さん

ーー なぜ金沢から宝達志水町に?自然が好きだったり、能登にゆかりがあったのでしょうか。

静男さん:能登にはたまに観光に訪れるくらいでしたけれど、宝達山に登りに来たりしていたんです。そこで山の龍宮城の橘さんと知り合いになって、ほうだつ山麓米を紹介してもらったのが、ここへ来るきっかけになっているんです。

左知子さん:もともと、私の種族は自然のあるところに住んでいる人が多いんです(笑)。母方のおじの一人は、カナダのソルトスプリングアイランドというところでオーガニックファームをやっていて「こんなところに日本人」というテレビ番組に出たし(笑)、もう一人のおじも和歌山の山の上に住んでいたり。そういう影響もあって、いつか自然のあるところに住みたいな、とは思っていたんです。

最初は、金沢から、おじの暮らす和歌山県に移住しようと思っていたんです。それがいざ真剣に住もうって思いだした頃から西日本側で災害が続くようになって、娘たちから「危ないから、行くのはやめて」って言われて。それに、主人は金沢の会社に勤めているので「和歌山に早く行きたいんだけどなぁ」って話をしたら「俺、会社に通えんぜ?」って言われて、確かにって(笑)。 

静男さん:金沢の田舎のほうでも家を探していたんですが、よい物件がみつからなくて。そんな時、たまたま宝達志水町にお米を買いに来たら、「ここにも空き家があるよ」っていう話になって、この家を紹介してもらったんです。

左知子さん:私は暖かいところに暮らしたいと思ってたんですけど(笑)、この集落とこの家に招かれた感じですよね。地域の人も積極的にこの家をお勧めしてくれたし、不思議なことに金沢で住んでいた貸家の家主さんがこの集落の出だったりして。全然知らなかったんですけど、金沢の家を引き払うときに「どこ行かれるんですか」って聞かれて「宝達です」って答えたら、「私、そこの生まれなんです」って。この家はもともと集落唯一の商店だったんですけど、その方も買い物にも来たことがあるみたいで。いろいろ繋がっていて、面白いですよね。

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明るいカフェ内。ガラス戸は以前からあったものを使用している

ーー 移住後、地域には、すぐに馴染めましたか?

静男さん:その点は恵まれていましたね。何かを言われることもないし、揉めたりすることも全くなかったですね。

左知子さん:家を決めてから1年くらいの間、とりあえず住まいを整えるために金沢からここに通っていたんです。リフォーム屋さんに入ってもらうところもあれば、自分でタイルを貼ったり、漆喰の壁を塗ったり。その間に母が訪ねてきたり、娘や孫が遊びに来たり、そうやってゆっくり地域に馴染んでいったのがよかったのかなと思います。

あと、 基本的には低姿勢でしたね。 私たちは新参者だし偉そうにできる立場ではないので、 家のまわりにいるノラ猫にもカラスにも「お邪魔します。 住ませていただきます」って挨拶してました(笑)。先住者様にまず、挨拶と感謝をしたのも、良かったのかもしれないです(笑)。

買い物以外にやることがいっぱいある

ーー 金沢とここでは、暮らしぶりは変わりましたか?

左知子さん:変わりましたね。金沢は北陸でも1番の都会だから、お店もいろいろあるしなんでも手に入るし便利だったけど、この集落にはお店が1軒もない(笑)。だから物欲がなくなりますし、ないものは、自分で作るしかない(笑)。

静男さん:買い物以外にやることがいっぱいあるんです。畑で野菜を育てたり、家の改修をしたり、忙しい。それでも体は元気になったかな。僕は今も週に5日、金沢まで通勤しているんですけど、仕事内容は変わってないし通勤時間は長くなったにもかかわらず、健康診断の数値は良くなってるんです。水と空気とお米のおかげかな、と思いますね。

左知子さん:電波が少ないから空気も澄んでいて頭も痛くならないし、車も人も少ないし。ここに慣れちゃうと、金沢に行っただけでも「早く帰らないと」って思って帰ってきちゃいます。夕焼けもすごく素敵だし、夜になったら星空も綺麗だし、一度住むと離れられないですよね。私の娘たちには子どもがいますけど、孫たちもここが大好きなんです。だから、若い人ももっとここに来ればいいのにって、すごく思います。

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裏の畑。右のウッドデッキは静男さんお手製

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部屋をあたためる薪ストーブ。タイル貼りも静男さんのお仕事

カフェやるつもりなんてなかったんです

ーー 移住当初から、カフェを営もうと決めておられたんですか?

左知子さん:引っ越した当時は、カフェをやるつもりなんてなかったんです。でも家の改修をしていると、いろんな人がピンポーンって鳴らして、「いつお店オープンですか?」って訪ねて来られて(笑)。最初はお店?!って感じでした。

静男さん:ただ、家の改修が終わった時に、こけらおとし的に音楽ライブをしたんです。その後も知り合いのミュージシャンから依頼されて、何回かライブをして。そうこうしているうちに「良いところだし、ミニカフェでもしたらどうか」って話が出てきて。カフェをオープンしたのは、引っ越してから約1年後の2017年の2月25日です。

左知子さん:もともとお菓子づくりは好きだったんですけど、この集落に来て、時間がゆったり流れてるなかで、急に発酵食に目覚めて。塩麹つくったり、醤油麹つくったり、酵素ジュースつくったり、酵素玄米をつくったり。そうやってカフェのメニューが決まっていった感じです。正直、古い家なので住み始めた頃は少し不安に感じることもあったんですけど、お店をはじめてからは、磨いてもないのに古い扉がピカピカ光りだして。人がいっぱい来てくれて、家も喜んでるのかなって。

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ランチメニューの一つ、酵素玄米カレー。優しい味わいがうれしい

ーー カフェは、土、日、月の週3日間の営業ですよね。

左知子さん:そうです。よく言われるんですよね。「あんた、なんで3日しか働いとらんのや」って(笑)。でも「ねえねえ、残りの4日も働いとるから!」って答えます(笑)。酵素玄米は3日間寝かせないといけないので、毎日たかなきゃいけないし、ケーキやお菓子の仕込みもあるし、お店の営業もとなると、けっこう大変なんです。

ランチの数も限定しているので、よく「もったいないやり方だよ」とか「ここなら3回転はできるよ」とか「何十食は出せるでしょう」とかおっしゃってくださる方がいるけど、お客さまを数として数えたくはないんです。カフェでもゆっくりしてほしいし、こちらが準備に疲れ果てちゃったら、おもてなしもできないし。


ーー 週3日の営業っていうのが、なんとなくこの場所らしいお店の形なのかなと思いました。たくさん稼ぎたいなら、そもそもこの場所で開かないだろうし。

左知子さん:私、 お金からは進まないというか。そう言っちゃうと偉そうなんだけど、順番が逆というか。「お金のためだけ」と思うと気持ちの入り方が半減してしまうんだけど、例えば「これがおいしいから食べて欲しい」とか「玄米は体に良いけど、まずくなくて、おいしい食べ方を知ってるよ」とか、そういうのを伝えたい気持ちがお仕事につながって、結果、少しずつ人が集まってきてくれるって感じなんです。 

「もうちょっと、やり方考えましょうか」って言われたりもします(笑)。でも、譲りたくないところはあるじゃないですか。この砂糖は使いたくないとか。それを貫いていったら、徐々にメディアが取り上げてくれたり、お客さまが増えたりしてきたんです。やりたいことを、思ったようにやってるだけです。それで、どうしても生活が成り立たなくなったら、私、パートに出ます(笑)。

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チャーミングな左知子さん

招き猫の真実。

ーー カフェを訪れるのは、どんなお客さんが多いですか。

左知子さん:県外や町外の方が多いですね。ほとんどが猫好きで、猫の好きな人が口コミで伝えてってくださって、広がっています。


ーー 猫カフェのイメージもありますよね。ここにいる猫は、みんな野良猫だったんですよね。

左知子さん:そうです。米蔵のネズミ除けとして飼っていた猫が自然に増えちゃったり、山に猫を捨てに来たりする人もいたみたいで、集落内に野良猫は多かったです。子猫だとすぐにもらい手がつくんですけど、うちにいる子はほとんど人に懐かない売れ残りの猫ちゃんたちです。今も野良猫がいると集落の方から声がかかるので、NPO法人を紹介したりしていますよ。


ーー 猫がお好きなんですねえ。


左知子さん:むしろ私たち、犬派だったんです。

ーー えっ!

左知子さん:別に猫は嫌いじゃなかったんだけど、ずっと犬を飼っていましたし、最後に飼っていた犬が死んじゃった後は「お別れが悲しいし、もう動物は飼えないね」って言ったりしてたんです。それがここに引っ越して来て、ウッドデッキを作った瞬間、窓の外に野良猫がバーって並んでいて(笑)。集落の皆さんからは、懐くから絶対にエサをあげないように言われてたんです。でも小さい雌猫が「お腹すいたよ」「寒いよ」って顔して、雪をかぶりながらウッドデッキに並んでいて。しかもみんな妊娠していて。もう女としては放っておけなくなって、「これはもうしかられたとしても」って決めてエサをあげちゃったんです。それがはじまりですね。
そのあと、4匹のお母さん猫たちが17匹の子猫を産んだので、NPO法人に協力していただき里親を見つけてもらいました。みんなすごく良い家にもらわれていって、野良猫から急にセレブ猫に(笑)。でも親猫たちは今さら家に閉じ込めることがストレスになってしまうので、私たちも面倒をみることになったんです。

静男さん:家の改修もしながら猫の去勢もしなきゃいけないし、もらい手も探さなきゃいけない。当時は、毎日くたくたでしたね。会社でも会議の途中でつい居眠りしちゃっていましたよ(笑)。

左知子さん:引っ越したなりは本当に猫物語に付き合っていた感じです。お店をオープンした時も、お店どころじゃないのが正直なところ。でも、やっと猫が整ってきて、さあこれからちゃんとお店がんばろうって思ったら、急にいろんな取材が来るようになったんです。本当、招き猫ですよね。

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そらいろに塗られた猫の寝床の扉

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グレーの毛並みがうつくしい「グレ」

「そこ私と似てる」ってところを見つけると、すごい嬉しい

ーー それにしても、お二人は喧嘩することはあるんですか?

静男さん:いえ・・・

左知子さん:たまに・・・

静男さん:まあ、定年前までは出張も多かったし、家にいない日もあったんですよ。でも今は出張もないし、週末はカフェの仕事を手伝っていますからね・・・。

左知子さん: ほら、長い時間、一緒にいすぎるとね。あれじゃないですか。

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なんだかんだ仲良しのお二人

ーー そのやりとりが仲良く見えますけども(笑)。では、最後になりますが、そんなお二人がお仕事をなさる上での宝って、何でしょう?

静男さん:うーん、「人」かな。

左知子さん:そうですね。実は私、特別に人付き合いが得意でもないし、人が好きっていう感じではないんですけど。


ーー えっ・・・暖かいところに住みたいけど宝達志水町に来て、犬派だけど猫で、人付き合いは苦手なのにカフェ・・・・(笑)。

左知子さん:おかしいでしょ(笑)。彼は人付き合いが好きなのだけど、私はどちらかというと引きこもりタイプなんです。だからお店をやってなかったら、外で人に会ってもせいぜい「こんにちは」とか挨拶するくらいだっただろうし、猫とかカラスとかと喋ってるだけで、人とあんまり話すこともなかったかもしれない(笑)。
でも、全然知らない人でも お話をしてみると必ず何か自分と接点があるんですよね。「あ、そこ私と似てる」ってところがあるし、そこを見つけるとすごい嬉しいです。お店でお客さまとお話をして、共通のところを見つけたり、お互いに知ってることを教えたり、教えてもらったり。そういう、人とのコミュニケーションが、嬉しいし、宝ですね。


(取材:安江雪菜 撮影:下家康弘 編集:鶴沢木綿子)