PROJECT

宝のお仕事自慢

1O7A3732

#11

山の龍宮城

能登最高峰、宝達山。
山頂のブナ林がめぐむ豊かな水は、
町においしいお米や野菜、くだものを育み、
豊潤な土壌は、山菜やきのこといった四季の喜びを与えてくれる。
日ごと、時間ごとに移ろう山頂の景色は別世界をつくりだし、
高すぎず低すぎない心地よいサイズ感の山中は、
ハイキングやヒルクライム、トレイルラン
子どもから大人までもが、自由にたのしむ遊びの場となるのです。

そう、宝達山はまさに宝の山。

そんな宝達山の山頂にある「山の龍宮城」ではたらくのが
通称「乙姫さま」こと、橘さん。
橘さんが醸しだす安心感と、場のあたたかな雰囲気に、
旅する蝶アサギマダラのように、
ひらひらと龍宮城に集ってくる人たちも少なくないといいます。

いつ来ても、抱えてたものがふと軽くなったり
なんとなく今日もいい1日だと、明るい気持ちにさせてくれる。
そんな龍宮城のお話です。


―― 山の龍宮城について、と、橘さんが山の龍宮城ではたらくようになったきっかけを、おしえてください。

橘さん:山の龍宮城は、宝達山に登って来られる方の一休みと展望の場を兼ねて、平成5(1993)年3月に旧押水町が建てたものなんです。利用は無料。ベンチ、展望デッキで休憩できますしトイレもあります。少しですが飲食も提供していて、コーヒー、ココア、アイスコーヒー、宝達葛の葛湯。どれも山の湧水を使っているのでとっても美味しいですよ。お食事は、うどんとピラフ。あとは自動販売機があるし、アイスクリームの販売も行っています。

私は、この建物が完成した直後の平成5年の4月からここの管理をしているんですけれど、ここではたらくようになったきっかけは、主人なんです。当時、建物自体は完成していて、旧押水町が管理人を探してたみたい。主人は仕事の関係で毎日のように役場に出入りしていたので、求人を知ったんでしょうね。私に「どうや?やってみるか」って。

でもね、本当に騙されたみたいなものなんですよ(笑)。だって「とりあえず、お弁当を持って宝達山に行こう」って連れて来られたんだけど、この眺望を見たら、もう終わりですよね(笑)。この景色に騙されたのが、はじまりです(笑)。気づいたらもう26年!あっという間です。

1O7A3573

橘英子さん

―― 毎日ここに通ってらっしゃるんですか?

橘さん:水曜日はお休みですけれど、それ以外は毎日来ています。と言っても冬期は閉鎖するので、4月23日から11月23日までの営業が通常です。1年の約半分はお休みになるので、その間に旅行したり、家でゆっくりしています。

営業期間中は、どんなに天気が悪くても、まったく誰も来ないという日はほとんどないんです。台風でも上がって来られる方がいますし。台風の前後は空気に透明感が出て景色が綺麗だから、それを知って上がって来られるのかもしれないですね。

1O7A3555

橘さんが「騙された」という、山の龍宮城からの眺め

―― 眺望をたのしむほか、宝達山にはどんなたのしみ方があるんでしょう。

橘さん:歩いての登山は、年間通じてたのしめます。車が通るアスファルトの道ではなく、「こぶしの路」という、主人たちが整備した登山道があるんです。登山口から山頂までは、ゆっくり登っても2時間あれば十分。山頂付近が少しだけ急登するので「登ったな」という感じになりますけど、それまでは3歳の子どもでも歩ける道です。登山靴ではなく、普通のスポーツシューズでも大丈夫。片方に杉、片方にアテが並んでいたりして、おもしろいですよ。あと、地権者の方が植えた唐松の木があって、秋になると紅葉して綺麗ですね。最近はトレイルランナーの方も増えました。

秋になると山頂にアサギマダラが飛んでくるので、子どもたちはマーキングをたのしんでいますよ。


―― アサギマダラって、通称「旅する蝶」と呼ばれる、ロマンある蝶ですよね。

橘さん:そう。春先は海岸伝いに北海道まで北上して、また秋になると南下する旅を続けています。宝達山はその中継地なんです。アサギマダラ自体、旅の途中でところどころに卵を産んでは、その卵が羽化してまた旅するので、どこからどこを飛んでいるかというと難しいんですけど、最長で2000キロほど旅するそうですよ。

宝達山に飛んでくるのは、主に秋、南下する途中です。毎年、飛来した蝶の羽に、いつ、どこで、誰が見つけたかをマーキング※しているんですが、宝達山でマーキングされた蝶が、遠くは与那国島で見つかったことがありました。あと、ここを飛び立って4日間で五島列島まで行ったことも。偏西風に乗ったんじゃないかって話だけど、誰かがカバンに入れて連れて行ったんじゃないか、とも言われていましたね(笑)。



アサギマダラマーキング:アサギマダラの移動ルートや移動距離を調査するため、全国の団体が有志で各地に飛んできた蝶の羽にマジックで捕獲場所、日付、捕獲者名などを記載し、差異捕獲された際の情報を共有している。

1O7A3565

―― 宝達山の特徴の一つに、自転車でのヒルクライムがありますよね。宝達山ヒルクラムの大会も今年で6回目とか。

橘さん:大会は2018年で6回目ということになっていますけど、一度、テストで開催しているので実質は7回目です。テスト開催した1回目は30人だった参加者も年々増えて、今は、170人の募集が埋まるのに1ヶ月もかからないんです。大会自体もレベルアップしていて、麓から山頂まで、去年の最速タイムは19分。おかしいですよね(笑)。


―― 車と変わらない(笑)。そもそも、どうして大会を行うようになったんですか?

橘さん:今から10年ほど前から、山頂まで自転車で登って来られる方が多くなったんです。皆さん自分でタイムを計っては、有志で作った記録帳に記録を残したりしていたんです。役場の方といつも「自転車で来る方に何かやってあげたいね」って話をしていて。そんな話から生まれたのが「宝達山ヒルクライム」※です。最初は、「宝達山ファンクラブ」が主体となっての開催で、ファンクラブの会員で竹ぼうきを持ってきて道の掃除をしたり、受付からなにから、全部ボランティアでスタートしました。今はファンクラブとは別に「宝達山ヒルクライム実行委員会」が立ち上がりましたけれど、今でもチラシには「宝達山ファンクラブ」の名前を入れてくださっていますし、当日のお手伝いもしています。


宝達山ヒルクライム:毎年10月に開催される自転車ヒルクライムの大会。宝達山の麓から山頂下のゴールまでの山岳コースが特徴。

1O7A3548

1O7A3582

宝達山を支えるファン

―― 宝達山ファンクラブは、どんな団体なんですか。

橘さん:もともと主人たちが「こぶしの路」を作ったり宝達山のことに取り組んだりしてい、それを見た役場の方が「何か組織を立ち上げよう」と発案してくれたんです。それでできたのが「宝達山ファンクラブ」。登山道の草刈りやお掃除をしたり、年間を通じてイベントを行ったりしています。年会費は500円で、チラシを作ったりイベント時にふるまう食事代にあてています。

今年も、11月10日の土曜日には、自然観察しながら登山した後、山頂で地元のコケのきのこ汁を提供する予定です。


―― 地元のコケできのこ汁・・・魅力が過ぎますね。現在、会員は何名ほどいらっしゃるんですか?

橘さん: 6、70名くらい所属していますが、実際に動いているのは7人ですね。登山道の草刈りなんかは肉体労働なので高齢の方の参加は難しいし、若い方も会員にいるけど、やっぱり勤めている方がほとんどなので平日の活動はできないですし。でも、上がってくるついでに「草刈りするために、鎌持ってきたよ」とか、若い人も協力してくださっています。もちろん誰も通らなくなってしまえば道にも草が生えますから、登ってくれることだけでも、一つの大事なボランテイアです。

あら!噂をすればなんとやらだわ。ちょっと彼にも話を聞いてみてください。彼もファンクラブのメンバーなんですよ。ちょっとちょっと。


―― えっ?


男性:えっ?


橘さん:さあ、ほら。


―― あっ・・・えっと、なんだか、突然すみません。かくかくしかじかで、これは宝活のお仕事自慢といって・・・あ、あの、失礼ですが、お名前は・・・?

男性:井ノ山です。


―― えー、では、井ノ山さん、少しお話お伺いしてもいいですか?

井ノ山さん:あ、はい・・・

1O7A3662

突然の無茶振りにも答えてくれる、井ノ山 功さん

背伸びしない身近な山

―― 井ノ山さんは、よくここに来られるんですか? 

井ノ山さん:そうですね。自転車で上がってくるようになったのが20年前くらい。山の龍宮城に立ち寄るようになったのは10年前くらいです。


―― なぜ宝達山に通うように?

井ノ山さん:僕はかほく市に住んでいるので、単に近くにあったから通いはじめたんですけど、ヒルクライムやトレイルランをしていると、宝達山の、「心が折れそうで折れないギリギリの長さ」がちょうどいいんです(笑)。宝達山って、走って登るとちょうど40分くらいなんですけど、これが1時間だったら心が折れるなっていう、ちょうどギリギリのところでゴールに着く(笑)。僕もがっつりプロを目指してるとかじゃないから、宝達山はちょうどいいんです。


―― トレーニングに最適の山なんですね。

井ノ山さん:そうですね。ちょっと前までは、自転車にタイヤをつけて、引きずって登ってくる女性もいました。


―― ん?タイヤ?

井ノ山さん:ヒルクライムのトレーニングの一貫で、車のタイヤを自転車につないで、引きずって上がってくるんです。山頂で待ってたら、「ザザザザザ、ザザザザザ」って音がしてきて(笑)。僕が来たらいつもいたし、たぶん毎日来てたんじゃないかな。他にも、自転車で年間100回上るって目標を立ててた人もいたし、夜中に上ってきてる人もいましたね。

橘さん:ここに来るのは、本当におもしろい人が多いんです。みんな、ひょこんと来て、ひょこんと帰っていきます。

1O7A3697

仲良しの二人

山の乙姫さまがうみだす、ふれあいの玉手箱

―― 宝達山の景色や眺望は四季によって変わると思いますけれど、いつがお好きですか?

井ノ山さん:四季によって変わるからこそ、1年中好きですね。冬でも必ず年に1回は登ります。
橘さん:夜中にも、星空の写真を撮りに上がってきてるよね。あたりが真っ暗だから天の川がしっかり写っていて、びっくりしました。夏はイカ釣船が出てるので、漁火もよく見えますし、花火大会の花火も眺められますし、1年通じて、本当にいい山です。


―― 景色に加えて、ほかの山と比べて宝達山のいいところってありますか。

橘さん:山の龍宮城があるところ、って言っておいて(笑)。

井ノ山さん:もちろんです(笑)。


―― でも、橘さんのお人柄が人を惹きつけている気がします。能登の山で山小屋があるのはここだけだし、安心感がありますよね。

橘さん:女性からは、「必ずいると思うと安心だ」ということは言われますね。一人で登ってきて何もないと不安ですからね。

1O7A3618

この笑顔にほっとするんだよなあ・・・

橘さん:でも、私もここにいたおかげで若い人とも知り合えるし、おしゃべりもできるし、たのしいですよ。共通部分で山が好きなので、教えてもらえることもいっぱいあるし。昔は全然喋らなかったんですけど、みなさんにエネルギーをもらってるからか、こんなに話すようになっちゃいました。


―― 若い人たちからも慕われてることがよくわかります。そうじゃないと、こんな無茶ぶりのインタビュー、受けていただけませんよね、井ノ山さん?

井ノ山さん:そうそう。橘さんは、僕らにとって「乙姫さま」ですから。


―― 山の龍宮城なだけに!

橘さん:私は、「ババ姫です」って言ってるんですけどね(笑)。


――(笑)。そんなババ姫、じゃなくて、乙姫さまに最後の質問です。あなたのお仕事にとっての宝って、ずばりなんでしょう。

橘さん:やっぱり、ふれあいかな。みなさんとのふれあい。これが宝ですね。


―― 玉手箱、煙になっても、心に残るふれあいの宝かあ・・・ああ奥深し乙姫さま・・・


(取材:安江雪菜 撮影:下家康弘 編集:鶴沢木綿子)

1O7A3718

井ノ山さんが「ぜひこの景色をみせたい」と連れてきたインドネシアからの研修生と一緒に