PROJECT

宝のお仕事自慢

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#09

こだわりのそば・うどん あい物

今浜インターからのぞむ、「そば」の文字が目印のあい物さん。
心地よく目のとどく店内には、ゆったりとジャズが流れています。

かかるのれんをくぐると、「いらっしゃい」とあたたかな声がかかり、
ほのかに満ちる、かつお出汁の香り。

こだわりと銘打ちながらも、
「今日のお昼はちょっとあい物さんにしようか」と言いたくなるような
肩肘張らない、親しみやすさがある。

そもそも、こだわることは、こういうことなのかもしれない。
そんなふうに思わせてくれる、
店主の四十物さんと、スタッフの才田さんに、お話をうかがいます。

こだわりの、かたまり

―― お店と、お二人について、おしえてください。

四十物さん:このお店は、平成17(2005)年の7月にオープンしました。もうすぐ14年目やね。私は宝達志水町の出身で、中学校を卒業してからすぐ、金沢の洋菓子屋に通ってパティシエとして働いとってん。それから名古屋の洋菓子屋で5年、東京の洋菓子屋でも2年ほど働いて、また金沢に戻ってきた。金沢に戻っても洋菓子屋で働いとったけど、そこの社長がうどん屋を立ち上げることになって、私に声がかかったのが、最初のきっかけやね。うどん屋で13年ほど勤めたあとは、金沢の「末野倉」※って蕎麦屋の立ち上げに携わって、そこにも10年ほど勤めとったよ。


―― 洋菓子と、うどん。なんともひょんな組み合わせですね。粉物といえば、粉物ですけども・・・

四十物さん:アップルパイの編み目に使う細いパイ生地をつくるのと、うどんをつくるのって、意外と要領は同じねん。麺棒の扱いもわかるし、こね方もある程度わかっとる。ただ、うどん屋では機械を使ったから、手打ちをはじめたのは蕎麦屋で働くようになった時やね。1ヶ月ほど静岡の伊東で蕎麦打ちを学んだわ。

才田さん:俺は、四十物さんが蕎麦屋を立ち上げるって聞いて、手伝いとして入っただけねん。飲食店で働いた経験もあったし。オープンのときは忙しいだろうから「ちょっと手伝うわ」って感じやね。本当は1週間くらいの予定が、気づいたらずっと続いとる(笑)。

※末野倉:金沢市末町にあった蕎麦屋

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左:才田さんと、右:店主の四十物さん。ふたりはいとこ同士

―― あい物さんのお蕎麦の特徴を教えて下さい。

才田さん:とにかくみんな、「うまい」って言ってくれるわ。

はっはっは!

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―― 「はっはっは」に、説得力がありますね。おすすめのメニューってありますか?

四十物さん:一番人気があるのは、おろし系やね。「高遠おろし」※は辛味大根の絞り汁と出汁を混ぜたつけ汁で食べる、ざる蕎麦。まあ、今茹でるし、とりあえず食べてみて。

※高遠(大根)…長野県伊那市高遠町地区で生産される辛味大根のブランド名。開店当時には、高遠大根を使っていた。高遠が手に入りにくくなった現在は各地のものを使っているが、年中、辛味大根しか使わないのは、こだわり。


―― えっ・・・!いいんですか?

四十物さん:こういうのは、食べてみんとわからんって。食べてからどう感じるかを書いてもらわんと説得力ないよ。


―― なんだか、お決まりですみません・・・。

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早速カウンターに入り、手早く蕎麦を茹でてくれる四十物さん。写真からもコシのあるのがわかる

四十物さん:はい、おまちどうさま。

才田さん:最初は辛味大根の絞り汁と出汁を半分ずつブレンドして、その後は自分の好きな辛さにして、麺を付けて食べてみて。けっこううまいよ。これが好きな人は、これしか食べんわ。

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高遠おろし900円。右下にあるカップが辛味大根の絞り汁

―― 平打ち、太めの蕎麦なんですね。さっそく、いただきます!

ズズッ・・・ズッ・・・ズズッ・・・
ズズッ・・・ズッ・・・ズズッ・・・

すみません。のどごしが気持ちよくて箸が止まらなくなってしまいました。
辛味大根の風味がとてもさわやかで、お蕎麦が甘く感じられますね。

四十物さん:蕎麦の粉に甘みがあって、大根は汁だけなのにさっぱり辛い。相性が良いんやね。蕎麦に詳しいお客さんも、他の蕎麦とは甘みが違うって言ってくれるよ。

才田さん:粉にも相当こだわっとるからね。今の粉にたどり着くにもかなりの紆余曲折があってね。蕎麦の実って、その年の作柄によって良い時も悪い時もあるし、品質が安定しない。店を立ち上げる時、店主は蕎麦の実を買って手挽きで出すことも考えたけど、それよりも年間通じて安定した味を出しつづけるほうが大事なんじゃないかって判断したんやわ。今は、北海道と福井の製粉会社3社を選んで、それぞれで挽いた蕎麦の粉をここでブレンドして、打っとる。

四十物さん:そのほうが、蕎麦の実を買って挽くより、いつでも新鮮なものが出せる。蕎麦の実が採れる時期は10月頃だけやし、それを1年間保たせなくちゃいけない。だから蕎麦の実を冷凍することになるんだけど、蕎麦の実ってすごく劣化しやすいし、冷凍保存も簡単じゃない。そういう意味では、きちんとした状態で保存されたものを選ぶほうが、ずっと安定しておいしいものが出せる。

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―― これぞ、こだわりの蕎麦、なんですね。

四十物さん:蕎麦も、やっぱり打ち立てが一番おいしいから、いつでも打ち立てを味わってもらえるように、だいたい10人前ずつしか打たないようにしとるしね。10人前が出たら、すぐ打って、出すという繰り返し。そうするといつでも打ち立てで美味しい蕎麦を食べてもらえるからね。

才田さん:出汁ももちろんこだわりがある。最後に蕎麦湯を足して飲んでもらうとわかると思うけど、かつおの香りがフワっと広がる。

四十物さん:何でもこだわらないと生き残れないと思っとるからね。蕎麦にしても出汁にしても、何にしても、こだわるよね。同じ物をつくりつづけるには、こだわらないと。こだわって、同じことをやっていくっていうことが、大事なんやわ。長くつづけるっていうことが、どんな職人さんでも一番難しい。

才田さん:この人はね、本当にこだわりのかたまりや。そこは職人としての矜持みたいなところがあるね。

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蕎麦打ちの過程を写した写真。四十物さんは自分のやり方を一から十まで撮影して、誰でも作れる「今浜の蕎麦」として売り出してもらえれば良いと語る

宝のお客さんとのやりとりで生まれる宝

―― こだわりのお話と蕎麦の甘みを噛み締めていますが、四十物さんのお仕事にとって、宝物ってありますか?

四十物さん:お客さんかなあ、宝物は。お客さんだと思う。お客さんがいないと自分がやることはないし。お客さんが宝だと思うからお客さんを大事にするし、ある程度希望を聞いたりもするしね。

――お客さんは、どんな方が多いんですか?

才田さん:県内でも町外の人が多いかな。年齢層が高い人も多いけど、最近はネットで見たとか、ブログを見たって言って来てくれる若者も増えてきた(笑)。富山の人も多いね。蕎麦好きの人は全国どこでも蕎麦を求めて行くからね。

四十物さん:あちこちの蕎麦について教えてくれたりして、お客さんに大事にされてるって感じることが多い。山菜の時期には、山菜をお客さんにもらったりするから、それを天ぷらにして、サービスでつけて出したりして。

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才田さん(左)、四十物さん(右)。言葉の節々に才田さんが四十物さんを尊敬している様子がにじみ出ていて、なんともいいコンビ

―― 蕎麦屋って敷居が高いイメージがありますけど、そんなふうにお客さんとやりとりがあるっていうのが、あたたかいですね。

四十物さん:県外で蕎麦を食べても、ここの蕎麦が食べたくて帰ってきたって言ってくれたりする。昼は県外で蕎麦を食べて、夕方またここで蕎麦食べて家に帰る。「食べ直しや」って言ってね。

才田さん:最高の褒め言葉だよね。

四十物さん:ほんとう、涙ちょちょ切れるね。昔は、仕事が嫌になったこともあったよ。きっかけは1週間で治るほどの病気だったけど、戻るのがいやになって、ずるずる1ヶ月休んだこともある。それでもお客さんに一言でも「食べたい」って言われたら、またやる気を起こして、やる。それがなかったらやめてたね。うん、やっぱりお客さんが宝やと、しみじみ思うわ。

(取材:安江雪菜 撮影:下家康弘 編集:鶴沢木綿子)

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なんと、くずきりも「食べてみて」といただいちゃいました。もちもちっと味しい。薄くする方法は企業秘密だそう