PROJECT

宝のお仕事自慢

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#12

松月堂

生まれたとき、年を重ねるとき、旅立つとき。
喜びのとき、悲しみのとき。
人生の節目には、かならず、お菓子屋さんがある。

何か行事があるたび「松月堂さんにお願いしとかんと」
というのはきっとこの町のあるあるで
紅白まんじゅう、誕生日ケーキ、お赤飯、特別なシーンを彩るものから、
学校帰りに心を潤すプリンやシュークリームまで
ハレにもケにも、出会いにも別れにも、
町の人に寄り添うお菓子の百貨店。
それが松月堂さんなのです。

このお店には、誰もが名を挙げる目玉商品なんて、ない。
だって、町のみんなはそれぞれの「松月堂の一番」を持っているから。

いつでも変わらず暮らしのそばにありながら、
町の人々が生きるように、有機的に変化しつづけていく
町のお菓子屋さんのお仕事自慢。

昔ながらの田舎のお菓子屋さん

―― 松月堂さんについて、おしえてください。


松田さん:創業は1964年、東京オリンピックの年に、祖父がはじめた店です。その後、父が継ぎ、2018年の元旦には私が事業承継しました。もともとが和菓子屋ということもなく、最初から和菓子も洋菓子もある形態だったと思います。今は、親父と、親父の弟、僕の3人でお菓子を作っています。

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3代目で店主の松田健太さん

僕は町内の高校を卒業した後、東京の製菓学校に進学して2年間和菓子を学びました。僕は小学校入学早々に勉強するのを諦めてるんですけど(笑)、製菓学校に関しては非常に高額な学費を出してもらってるので、ほとんど遊ぶことなく一生懸命でしたね。学校では和菓子の基本を学び、全種類の和菓子が作れるようになります。製菓学校卒業後は福井県にある「御素麺屋」というお菓子屋さんで3年間くらい修行して、そこで今の奥さんと知り合って連れて帰ってきました。嫁は販売員だったので、結婚したらすぐ現場に入ってもらって(笑)。今は3人の娘がいます。一番上は高校3年生で、今年受験生ですね。

お店はいわゆる「昔ながらの田舎のお菓子屋さん」です。和菓子も洋菓子も取り扱っていて、奥に喫茶コーナーがある。父と僕が考えた商品に加えて祖父の代から続いている商品もあるので、品数は多いですね。一度数えたら200種類くらいあって、さすがに少し数を減らしたんですけど、それでも年間通じて120種類くらい作っています。常に100種類はある感じなので、ちょっと多すぎますね(笑)。


―― 松月堂さんといえば、コラボ商品を多く作られている印象がありますよね。「ロール慶次」※とか。


松田さん:「ロール慶次」、懐かしいですね。商品開発したのはもう8年前なので生徒さんももう大人になっておられますけど、たまにお店に来て「懐かしい」って買って行ってくれます。今でも、高校生とコラボしての商品開発は続いていますし、基本的にはこの町で唯一の洋菓子屋さんになってしまったので、コラボレーションを頼まれたらなんとかして形にしてあげたいと思っているんです。

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※ロール慶次。平成22年度にはじまった町のふるさと振興事業の一環として、宝達高校家庭部の生徒が考えたレシピをもとに商品化したもの

最近だと、「ロールくーずぇ」も、石川テレビと共同で開発した商品です。 和菓子と洋菓子の融合した宝達葛をイメージしたケーキなんです。白く焼けるスポンジで、ミルク葛もちと生クリーム、ルビーロマンをつかったゼリーを巻いています。

葛って、実は非常に扱いづらい素材なんです。葛100パーセントだと、全く日持ちしなくなるので、配合を工夫して少しは日持ちするようにするんですが、水分の保持力が非常に弱いので、水分が抜けて硬くなったり白くなったり、冷やしたら硬くて美味しくない。すごく取り扱いが難しい材料で、頭を悩ましているんですけども、それをなんとかケーキに使えないかなと試行錯誤してできた一品です。

田舎だからこれくらいでいい、っていうのは許せん

―― 地元の食材を積極的に取り入れるようにしてるんですね。


松田さん:材料は、できるだけ国内産、地元産を使うようにしています。能登半島って、お菓子屋にとっても食材に恵まれたところなんです。特に和菓子って、餡子にしろ原材料のほとんどを水が占めているんですよね。うちは宝達山の伏流水を汲み上げて使っているので、美味しいものができます。そこには地の利を感じますね。

あと、近くに中山エッグさんがあるのは、お菓子屋にとっては有難い。毎日、中山エッグで仕入れた卵を使ってカスタードクリームを炊いているんですが、そのカスタードクリームをつかったシュークリームは、よく売れています。

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店内には、ほんとうに目移りしちゃうほどのお菓子が並ぶ

―― 新商品開発にも余念がない。


松田さん:だから品数が増えているところもあります(笑)。お客さんの「こんなの欲しい」って声に応えることもあるし、自分たちが作りたいものを作ることもあります。

僕自身は、どら焼き好きなドラえもんなんです(笑)。だから、自然と、どら焼きに関連した商品が多くなる傾向にありますね。牛乳とか油脂を入れず、卵と小麦と砂糖のシンプルな生地をお好み焼きみたいに焼く。それだけであれだけ美味しいものができる。シンプルゆえに難しいですけどあんなお菓子って他にないし、考えた人は天才。どら焼きを考えた人にノーベル賞をあげたいくらい(笑)。

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どら焼きからうまれた、オムタン。見た目もネーミングも、チャーミング

最近は子どもの餡子離れ、生クリーム離れが進んでいるので、餡子や生クリームを使わない商品を考えたりしています。ただ、極力、きちんとおいしいものを作って、お菓子好きな子を増やしていきたいなと思います。本当に上手に炊けた餡子ってクリームみたいに溶けるんです。それを食べたら、餡子が苦手な子どもたちも「餡子うまいじゃん」ってなるんじゃないかなって。


―― 松田さんのお菓子好きと、研究熱心なのがすごく伝わってきています。


松田さん:うちは、お赤飯も作れば、正月のお餅も作るし、誕生日のケーキも卒業式の紅白まんじゅうも作ります。 それでも、僕の中ではその中でも一品一品おいしいものをつくりたいし、完成度の高いものを作りたい。田舎だからこれくらでいい、っていうのは許せん男なんです。どこに行っても恥ずかしくないものを作りたいんです。

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舌で覚えた味を、継ぐ

―― 今後のお店の展望はありますか?


松田さん:僕には娘が3人いるんですけど、そのうちの一人誰かついでくれないかなと思ってるんですけどね・・・お菓子屋さんって休みは周りと合わないし、クリスマスは全然楽しくないし、大変だから、どうかなあ。

でもね、最近改めて、「続ける」ってとても意味があることなんだなって思うようになったんです。


―― ほう。


昔ね、お店がすごく忙しかったとき、ご飯じゃなくてケーキとか食べてたことがあるんですけど。マリーアントワネットみたいな感じで(笑)。


―― 超優雅ですね(笑)。


松田さん:一見ね(笑)。でも実際は、親が夜中近くまで仕事をしていて、忙しすぎてご飯が用意できない。でも幸いお菓子はいっぱいある。だから、食事の代わりにお菓子ばっかり食べてたんです。体にはあんまりよくないかもしれないですけど(笑)、そうすると不思議とお菓子に対する味覚がどんどん鋭くなるんです。

お菓子屋とか料理屋さんの子どもたちは舌が鋭いってよく言われますけど、知らず知らずに味が身に染み付いて、その「店の味」って生まれるんだなって思ったんです。子どもの頃から食べているものが指針となって、自分の中の味っていうのができあがる。だから、その指針にずれないように、自然においしいものが受け継がれる。長く続けるということって、そういう意味でもすごいことなんだと思うんです。


―― なるほど。飲食店において「継ぐ」って、単に名前を継ぐとか、店で働くってだけじゃないんですね。


松田さん: やっぱり続けるというのは大事だと思うんです。そこから松月堂の味が生まれるんだろうし、お客さんのニーズがある限り、田舎の町のお菓子屋さんでありたいとも思いますね。まあ、娘が継いだら、全く違う店になるかもしれないですけどね。パンケーキ屋さんとか(笑)。

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金沢の高校に通う娘さんが描いたという絵

町のお菓子屋さんでありつづけたい

―― 最初、松月堂さんの売りってなんなんだろうって考えていましたけれど、いろいろなものがあるということが松月堂さんなんだ、と、すごくしっくりきました。


松田さん:これだけ品数があっても、おもしろいもので、お客さんは自分の好きなものを一点買いしていかれることが多いんですよね。


―― みんなの思う「松月堂さんのあれ」があるんですよね、きっと。


松田さん:でも、「なんでもある」って諸刃の剣で、「なんにもない」に等しいと思うんです。僕らみたいに「なんでもやる」って、商売としては非常に効率が悪い。儲からないんです。けれども、お客さんのニーズに応えたいって気持ちから、なんでもやっちゃう。必要とされるお店となるためにこうなりました、という感じですね(笑)。

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取材中もひっきりなしに地元の人がお店を訪れるのが印象的でした

―― 地域と共に生きている感じがします。では、最後の質問です。松田さんのお仕事にとって、宝って、何でしょう。


松田さん:いつもお世話になっている宝達志水町の皆さんですね。

お菓子屋さんって、その地域の人の人生の、節目節目に必ず登場する職業なんです。うちのお客さんは8割が地元の方です。その人の晴れ舞台だったり、その人の節目に、人生を彩るお手伝いができればいいなって。

僕たちは、住民の皆さんの人生とともに商売を営んでいるようなものです。だからこそ、地域に愛されるお店でありたいという、不変の思いがあります。


(取材:安江雪菜 撮影:下家康弘 編集:鶴沢木綿子)